この記事の要点(一問一答)
Q:える訪問看護ステーションのビジョンは、どんな考え方に基づいていますか?
A:「自由とは、自ら選べること」という考えが土台にあります。病やケガ、老いによって選択肢が狭まり、不安(憂い)が連鎖していく——その連鎖に専門性をもって関わり、食い止めたい。そうした思いを、当社のビジョンに込めています。
つまり、当社のビジョンは「自由=自ら選べること」を大切にし、患うことで生まれる不安の連鎖に専門職として向き合う、という考え方に支えられています。
vision・mission・valueは会社の「型」
前回の記事(「例えるなら氷のよう」)でも書いたように、vision・mission・valueはこの会社の「型」になります。なぜそのように定めたのかを紐解き、改めてお伝えします。
visionとは、企業の基本となる価値観や信条、目指すべき理想を指します。私は、どのような社会になるために当社がどう寄与できるかを軸に考えました。キャッチーな言葉は採用や広報の面では大切な役割を果たしますが、visionそのものに添えるのは、私の価値観としてはあまり美しくないと感じています。だからこそ当社は、「全部、真っ当に全う」をテーマに据え、そこをすみ分けています。
自由とは、自ら選べること
まず思ったのは、自由でありたい、皆が自由であってほしいということです。私は常々、自由とは自ら選べることだと思っています。複数のもの・こと・道筋を、自らの意思で選べることこそ自由だと考えています。生まれてから亡くなるまで、この自由を最大限に活かしてほしいし、活かせる社会であってほしいと思います。
しかし、私たち医療者は、病やケガや老いによってさまざまな制約を課された人たちを多くみてきました。ここでいう制約とは、本来選べたはずの選択肢が選べなくなる状況や、その選択肢を変えざるを得なくなる状態を指します。この制約は、「思うようにいかずつらい・悲しい・心配」という憂いを生みます。
「憂いの連鎖」に専門性で向き合う
患うことで生じる憂いは、ひとつ抱いて終わりではなく、次々と重なって襲ってくるような形になります。当初の希望が早々に打ち砕かれ、思考のすべてが「できない」の方向に向きがちになります。この「患うことに起因する憂いの連鎖」に対して、当社として何かできないかと考えました。
患うことは、身体的・精神的・物理的な障壁を生みます。私たちは看護師やリハビリ専門職で構成された組織であり、地域のなかでは医学モデルを理解した数少ない専門職です。他職を従えるのではなく、専門性からの知見をもって他職と協同することで、患った方やその周囲の方が障壁を乗り越えられるように関わっていきたいと考えています。
持続できる組織であるために
また、職員が自己犠牲によってそれを担うのではなく、会社組織として労務を整え、属人性をできるだけ排除し、組織として動き、永続的にサービスを提供できる体制を築いていきたいと思います。これらすべての行動は、医療として、人として道を逸れず、真っ当に行われるものであり、それを持続できるよう日々努力していきます。
最終更新日:2026年6月30日
監修:える訪問看護ステーション(株式会社える)
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